第37回の内容は、東海編サブミッション「転(まろばし)」
目次
東海編サブミッション「転(まろばし)」
東海編サブミッション「剣聖の高弟」をクリアで出現。
道場で6人の師範を連続して倒すミッション。
丸目長恵(刀)、足利義輝(二刀)、宝蔵院胤栄(槍)、
坂田金時(斧)、司箭院興仙(鎖鎌)、柳生石舟斎(刀)。
転(まろばし)
新陰流に曰く「相手の仕掛けに転じて勝つ」
これは、相手がどう動こうと、その動きに応じ、自在に対応する ことで勝利を得る。ということを意味している。
Wikipediaを参考に、一部抜粋。
師範別、立ち回り指南
丸目長恵(刀)
【こちらの武器:刀】上段の構えから強攻撃でダメージを与えていく。
丸目が近づいてくるので、攻撃があたるギリギリの間合いに入ったら攻撃する。
または、丸目が連続攻撃をはじめたら、終わるまで待って、終了直後に攻撃。
連続攻撃に当たらなければ、延々とこのパターンで倒せる。
連続攻撃に当たってしまったら、回避で間合いを空けて体制を立て直す。
足利義輝(二刀)
【こちらの武器:刀】丸目同様に近づいてくるところを、上段の構えから強攻撃でダメージを与えていく。
義輝は一旦攻撃を開始すると、連続攻撃を繋げてくる。
もし連続攻撃に巻き込まれたら、ガードから回避で義輝の正面から逃げる。
まともに喰らうと、連続攻撃終了時にはこちらは落命している。
宝蔵院胤栄(槍)
【こちらの武器:槍】宝蔵院は、中段の構えから強攻撃、つまり「突き」を連発してダメージを与えていく。
宝蔵院は攻撃をガードした後、後方に回避するパターンを取る。
(後方に回避しない場合は、すぐに反撃してくる。)
これを追撃してガードまたは回避で気力を消耗させ、気力切れのところに大ダメージ。
もし攻撃が命中したら、そのままゴリ押し。
残心を使い、連続で突きを入れる。
(フィールドの端に追い込んでいくと、さらにダメージを与えやすくなる。 )
坂田金時(斧)
【こちらの武器:槍】やはり中段の構えから強攻撃、突きで戦っていく。
移動中になんでもないようなところで攻撃が入ることがある。
他は、斧を振り回す動作2回のあと、3回目を振る時にスキがある。
かけ声とともに地面に振り下ろす動作、突進してくる動作の後にもスキがある。
攻撃のスキに1~3発ダメージを与えるを繰り返す。
地道だが、これが確実。
司箭院興仙(鎖鎌)
【こちらの武器:刀】鎖鎌は分銅で思わぬ範囲を攻撃できる。
また前方に分銅を投げて、こちらを引き寄せる攻撃がある。
この引き寄せ攻撃が強い。
興仙の前に引き寄せられると、追撃されて一気に落命する。
よって、ダッシュでの移動を中心にして間合いを調節。
興仙にダッシュで近づき、攻撃を誘ったら回避する。
興仙とすれ違うように回避、後ろから攻撃を繰り返す。
柳生石舟斎(刀)
【こちらの武器:刀】上段の構えから強攻撃でダメージを与えていく。
近づいてくるときに、ギリギリの間合いで攻撃をするとあたる。
石舟斎に回避されたら、すぐにこちらも回避で間合いを空ける。
ダッシュからの居合は、無理に回避しようとせずガードして回避。
またはガード後、武技「剣気」 を使って、石舟斎の動きを止める。
後半、連続攻撃から居合というパターンがあるが、体力が8割以上なら
落命はしないので、焦らず回避やガードを使って対処。
この連続攻撃後、石舟斎の気力が下がっていることが多い。
石舟斎の気力が低ければ、ゴリ押しして気力切れに追い込み、大ダメージを。
参考動画(9分)
【クリア時の状況】
按針のレベル120
守護霊(朱雀)のレベル30
武器:刀+槍(両方とも神器)
使用アイテム:仙薬、マキビシ、埋火、養体符、変わり身の術
ワンポイント
リトライしてもアムリタ稼ぎ、武器・防具稼ぎになり製法書の入手も可能。一人ひとりはそれほど強くないけど、火力が無い限りは長期戦になる。
プレイヤーの集中力が問われるミッション。
気力切れになることだけは避けたい。
以下、登場人物のリアル歴史をWikipediaを参考、一部抜粋しつつ編集、引用したものです。
何故、仁王に出てくるのか、色々と関係があって面白いところです。
丸目長恵【まるめ ながよし】(1540~1629)
新陰流の上泉信綱の弟子であり、タイ捨流兵法の創始者。
上泉信綱が足利義輝の前で兵法を見せたとき、弟子として助手を務めていた。
しかし仕えていた相良家は、彼の策を用いて島津に大敗する。
そのことが原因となり、武将としての立身出世は叶わなくなる。
その後、兵法を磨くことに 集中し、タイ捨流兵法は九州一円に広まった。
足利義輝(1536~65)
室町幕府第13代征夷大将軍。
戦国時代に入り、傀儡と化していた室町幕府の将軍職。
実権を取り戻そうと試みるが、松永久秀と三好三人衆の手により 暗殺される。
その際、自ら薙刀を振るって奮戦し、取り囲んだ兵が畳を立てて盾代わりにし、義輝を斃したという記述もある。
剣豪「塚原卜伝 」に剣を習った(塚原卜伝の弟子には新陰流の上泉信綱もいる)とされているが、どの程度の実力であったかは不明。
江戸時代の史書「日本外史」 が義輝を剣豪であるかのように脚色し、持ち上げたことが後世、義輝のイメージを実像とかけ離れたものにしていったとされている。
坂田金時【さかた きんとき】
幼名、金太郎。伝説上の人物、坂田金時は実在しないとされている。
父、坂田蔵人。母、八重桐。
20歳の時、源頼光に出会って家来となり坂田金時と名乗る。
34歳の時、酒呑童子を退治した。55歳で作州路美作勝田壮で病死。
司箭院興仙【しせんいん こうせん】(1400年代後半~1500年代前半)
本名、宍戸家俊。安芸宍戸氏の一族の出身。
今でも残っている 司箭流(貫心流)という古武術(居合、薙刀など)の始祖。
天狗の法を使えた、空を飛べた等々の伝説を残しているが、武術だけでなく山伏のように修験道などの術を学んだということのようだ。